Astaire Color



赤毛のアスカさん/106


「まあまあ、アスカ!久しぶりね、どう元気にしてた?ああ、もうまたきれいになって、本当にどこに出しても恥ずかしくない素敵な女性になったのね!いつもお手紙ありがとう、あなたの近況報告楽しみにしてるのよ」
 これがアスカと一年ぶりに再会したヒカリの第一声だった。それにしてもどうして制服なのかしらとアスカを見ながら訝った。アスカのことだからきっと素敵なドレスを着てくるに違いないと半ば期待していたのだ。そんなヒカリの不思議そうな視線に気づくことなく、アスカはヒカリとしっかり抱擁を交わしながら感激した。
「素晴らしかったわ、あたしあんな素敵なもの初めて見たの、そのくらい素敵な結婚式だったわ!ああ、ヒカリ、おめでとう!何てきれいな花嫁さんなのかしら、どうか幸せになってね」
「ありがとう、アスカ!それにしても、あなた、・・・これクイーン学院の制服?」
 そう聞かれたアスカは恥ずかしそうに顔を赤らめた。そこで、フォローに登場したのが二人の再会を見守っていたカヲルだった。
「学校で、生徒が何かの式に出る際は制服でっていう規則があるんです」
 あら、また見違えるほど素敵になってとヒカリは突然登場したカヲルをまじまじ見つめた。中学時代から、ずば抜けた美少年ではあったが、どちらかというと中性的な雰囲気に包まれていたはずのカヲルが、今ではずいぶん男らしくなった。真っ白かった肌の色は少しばかり黒くなって、よっぽど外で運動しているのかしらとヒカリは訝った。それにしても、クイーン学院に入学した子供たちの変貌にヒカリは驚きの連続だった。
「渚くんも久しぶりね!そう、やっぱりあれだけの名門校になると色々規則も大変なのね。残念だわ、アスカが素敵なドレスを着てくるの楽しみにしてたんだけど、あなたの結婚式までお預けね」とヒカリは笑った。アスカはあたしの結婚式、とうっとり呟いた。
「本当に久しぶりで嬉しいわ!アスカはこんなにきれいになって、渚くんもこんなにかっこよくなって、みんな変わるのねえ」とヒカリはまるで年取ったかのような台詞で子供たちを笑わせた。
「ねえ、ヒカリ。ヒカリのだんなさまを紹介して欲しいわ」とアスカが頬を赤らめて頼み込むと、ああ、とヒカリは慌てた。後ろに引き連れていたのを、喜ばしい再会の興奮ですっかり忘れていたのだ。
「ごめんね、忘れてたわ。わたしの夫の鈴原よ」とヒカリに紹介された花婿は恥ずかしそうに笑った。背が高くてひょろっとした、人の良さそうな笑みを浮かべた人だった。アスカはやけに花婿の手ばかり見ていた。大工と聞いていたが、あの手で色んな建物を作ったりしているのだと思うと、アスカは知らないドラマを見た思いになる。素晴らしい人だわ、と感嘆した。
「どうも、こんちは。鈴原トウジです。いっつも委員長が世話んなってます」
「・・・い、委員長?」
 アスカは一体何のことだろうとばかりにぼやいて、ヒカリは真っ赤になりながら大声で言った。
「あ、あのね、委員長って言うのはね、その・・・、中学校時代わたし学級委員やってて、それでずっと委員長って呼ばれてるの」
「・・まあ。そうだったの」と答えたアスカは、あんまりロマンチックな呼び方じゃないわねと少しがっかりしてもいた。だが、きっとまだ結婚したばかりだし、これからおいおい直していくつもりなのだろう。そう思えば、まあ許せないほどではなかった。結婚してからの歩みは長いのだ。何だってゆっくりやっていけば良い。
 ヒカリと花婿は今日の主役で周りからも引っ張りだこだったので、アスカやカヲルとだけ長く話をしているわけにも行かなかった。また後でゆっくり話す約束をすると、主役はそそくさと次の接待にとりかかっていった。そんな幸せそうな二人を見送って、アスカはぼそりと言う。
「・・・呼び方って結構大切よね。委員長なんて絶対嫌だわ!」
 結婚生活で委員長なんて、とアスカはヒカリの手前言えなかったが軽いショックを受けていた。
「君はやけに呼び方にこだわるからね」とカヲルは笑いを堪えながら答える。アスカとカヲルの関係には、幾度か呼び方についての問題が絡んでいたのを忘れてはいなかったのだ。誤ってファーストネームを呼んでしまったことで怒鳴りつけられた過去があったし、今度はアスカがカヲルの名前をどう呼んだら良いか分からずに、練習までしていたこともあった。そうした過去を思い出すと、アスカがいかに名前を呼ぶという行為を重要視しているか、カヲルにはちゃんと理解出来るのだった。きっとアスカは、そうしたロマンチシズムさえも、自分が思うとおりに掌握したいのだろう。
「だって、い、委員長よ?あんただったら、愛しい奥さんのこと、そんな風に呼べる?」
 アスカにまじめな表情でそう問いかけられたカヲルは目をぱちくりさせた。
「残念ながら、僕にはまだ僕には愛しい奥さんがいないし、そもそもいたとしても学級委員長かは分からないよ。でも、・・・まあ君の言う通り学級委員長でも、呼ばないだろね」
 その点はカヲルもアスカと同じ意見だった。でもきっと、人にはそれぞれ思い入れや感性があるのだから、一概に否定は出来なかったが。
「まあ、僕だったらやっぱり名前で呼びたいな」
 カヲルが嬉しそうに言って、
「普通はそうでしょうよ」とアスカも同意した。
「でも、君は相手を名前で呼ぶまでに相当時間がかかるんだろうね」とカヲルは過去の出来事を理由にアスカをからかった。そして、アスカは真っ赤になりながら怒鳴る。
「うっさいわね!あんたはつまんなことばっかりいちいちむしかえすんだから、腹が立つわ」
「君が興味深い反応ばかりするからいけないのさ。ついついからかいたくなるんだよ」とカヲルは声を上げて笑った。
「ったく、そういうとこが性格悪くてむかつくのよ」
 アスカは苛立ちに任せながらぶつぶつ言った。と、その時とんでもないものを見つけてしまい、将来結婚相手をどう呼ぶかなど忘却の彼方となった。あまりに驚いたアスカはただただ目を凝らした。もしかしたら見間違いかもしれないと半ば信じたい気持ちもあった。だが、この状況ならば何らありえないことではなかったのだ。全く、アスカはそうしたことをすっかり忘れていたのだった。
「どうしたの?」
 アスカの突然の打ちひしがれた姿に一体どうしたんだろうと訝ったカヲルは、視線の先を追って、同じくらいにぎょっとなった。もう、生涯こんなことが起こるとは正直考えてもいなかった。カヲルがとっさに思い出したのは二人の一ヶ月間の長い喧嘩だった。その間接的な原因が、少し離れているところで楽しそうに笑っているのが見えたのだった。カヲルとアスカの視線の先にいたのは二人にとって一生忘れられないだろう、霧島マナだった。マナだって中学の生徒だったんだから、来ていてもおかしくはなかったというわけだ。だが、二人そろってそんな可能性は一パーセントたりとも想定していなかった。と、同時にマナがこっちを見ると、ぱっと顔色を変えた。気づかれた!二人は同じタイミングでげっとなって、アスカに至っては逃げ出すに限ると思いつき、実行に移そうとした。だが、カヲルが慌ててそれを止めた。
「僕を置いて逃げるつもり?」というわけだ。
「な、何言ってんのよ!マナはあんたに会いたいんだから、あんたが相手しなさいよ」
 その一方で、アスカはカヲルに腕をつかまれるなり、くっきり残ったあざを思い出した。またあんな力で止められてはたまったものじゃない。だから離してくれるように頼んでいるうちに、マナがとうとう二人のもとにやって来た。
「久しぶり、カヲルくんっ!元気だったっ!?あーもうすごい、やっぱりかっこいい!ますますかっこよくなってるじゃないの!信じられないわ、嬉しい!素敵、最高だわ!まさかまたカヲルくんに会えるなんて、中学卒業以来よね!」とマナはきゃーきゃー騒いでカヲルを上から下まで見回しながら感激した。カヲルはあからさまなまでに苦笑いをし、アスカはどうか自分に気づきませんようにと内心祈った。どうか、マナの興味がカヲルで終わってくれますようにと。
「クイーン学院はどう?加持くんにカヲルくんのこと、聞いても何も答えてくれないんだもの!・・・綾波さんといちゃつくのに忙しいせいなんでしょうね。あの二人ってば全然ぱっとしないんだから。それにしても、やっぱりカヲルくんはかっこいいわ、カヲルくんと離れた高校に通って、男のレベルの低さを見ると、改めてカヲルくんのレベルの高さを思い知らされたの」
 マナは嬉しそうに騒いだ。いちゃついてるって、とアスカは思った。シンジとレイは周囲から、そういう風に見えるのだろうか?だとすれば、アスカとしては嬉しいところだが、いかんせん情報源がマナなので、容易に信用出来なかった。カヲルはただただマナの勢いに圧倒されていた。一方のマナだって、カヲルが何か言うか言わないかなどどうだって良いんだとばかりだった。
「アヴォンリー一のカヲルくんがクイーン学院に行っちゃったら、もう目の保養も出来なくって嫌になるわ!わたしもクイーン学院行けば良かった!そしたら毎日カヲルくんと一緒だったのに、ねえ」
 まるで、クイーン学院に行けるだけの学力はあったにも関わらずあえて行かなかったかのような口調でマナは言った。もちろん、実際マナにはそれだけの学力などなかったのだが。そこまでカヲルを褒めちぎったところで、やっとマナはアスカの存在に気づいた。あら、と思った。
「制服姿で一体どこの子供かしら、と思ったら、あなただったの。何だか冴えないわねえ」とマナはアスカを、同性特有の見方でじろじろ見定めながら言った。アスカはかなりむっとしたが、狂人なんだと念じて無視した。大体、マナの格好だって酷かった。ぞろーっとしたロングスカートは全く似合っていなかったし、何よりも酷いのが色だった。こんなオレンジ色の服、一体どこに売ってるんだろう?そのドレスのせいでかなり目立っているとなれば、お気の毒以外なんでもなかった。最も、マナが花嫁よりも目立ちたいという非常識が願望のためにそのドレスを選んだとすれば、ある種目的は達成していたが。
「惣流さんがドレスを着るとどこかの国の王妃みたいになるって言って家族が着させなかったんだ」とカヲルは断固たる口調でマナに言ってやった。だが、マナにはその意味が飲み込めていなかった。そんなちぐはぐなドレスを買って失敗したなんて、やはり孤児だからくらいにしか思わなかった。
「かわいそうにねえ、制服なんて。こんな華やかな舞台で、さぞかし悪目立ちしてるもの」とマナは要らぬ同情を込めて言ってやった。
「だから、僕の話聞いてる?」とカヲルはマナに聞いたが、もちろん聞いていなかった。
「あら、それともあれかしら?クイーン学院に入れるだけ頭が良いってひけらかしたくて、制服なんか着てきたの?でもおあいにく、誰も制服を見ただけじゃクイーン学院なんて分からないでしょうね」
 アスカはどう耐えたら良いのか方法が分からなくて、マナをきっと睨みつけた。その瞳の強さに思わずひるんだマナはとっさに話題を変えた。
「それにしても、アスカってばまだカヲルくんに付きまとってたのね。しつこいと本当、相手の迷惑になるってこと少しは考えなくちゃ」
 そこで、とうとうアスカの堪忍袋の緒が切れた。もともとアスカは気が長い方じゃない。ここまで黙っていただけでも彼女にしては耐えた方だった。
「うっさいわねっ!こっちが黙って聞いてれば、制服で悪かったわね!あたしはこの制服気に入ってんのよ、文句ある!?あんたなんか、クイーン学院に入れるだけの知能もないくせして、ひがんでんじゃないわよ、大体、付きまとってるですって!?誰も付きまとったりなんかしてないわよ、ちょうど一緒にいるだけじゃないの!そんなにこいつが好きなら、二人で楽しく話したら良いでしょうよ」
 アスカはかっかしながらその場を去ろうとしたが、もちろんカヲルにまた腕をつかまれた。また同じところと思いながら、振り返ったアスカの怒りはカヲルにまで及ぶ。
「何で止めるのよ!」
「何でって・・・、君だけ逃げる気かい?」
「逃げるんじゃなくって、邪魔しないように退散するのよ!ほら、あんたと二人っきりが良いって言ってんじゃない」
「何言ってるんだ。惣流さん、僕と約束したよね?あの時教室で約束したろ?それを忘れたとは言わせないよ、君はここにいる義務があるんだ」
「約束!?全然このこととは関係ないじゃないの、あたしは名前を出さないって言っただけよ!マナと偶然会う羽目になった時、立ち会うなんてひとっことも言わなかったわ!」
「ここで君がいなくなったら、どうせまた変な見方をして、僕と霧島さんがうんぬんなんて言い出すんじゃないか。だから君にここにいてくれないと困るんだよ」
「しないわよ、勝手にやってよ!」
「いや、君はそうする。僕には分かる。だから、ここにいて欲しいんだ」
 二人が言い争う様子を、マナは半ば呆然とした思いで眺めていた。カヲルがこんなに声を荒げている姿などかつて見たことがなかったし、いつも温厚でただ微笑んでいるだけのカヲルにこれだけの表情があるのも知らなかった。いやはや、高校生になってアスカとの生活ですっかり疲れ切ったストレスなのだろうか?かわいそうに、とマナは心底胸を痛めた。カヲルがこんなに変わってしまったなんて、と。もちろん、これこそが昔からのカヲルの本来の姿だったのだが、マナが知らないだけだった。カヲルはある意味で何一つ変わっていなかった。ただ、ヒカリが言ったように外見が大人っぽくなって、少しばかり考え方も成長したに過ぎなかった。
「カヲルくんみたいな素敵な人をこんな目にあわせるなんて・・・、本当にアスカってば人の迷惑を考えたことがないのね」とマナは呆気にとられて言った。
「な、何ですってっ!?一体どういう意味よ、それ!」
 アスカはかっかして怒鳴った。
「そろそろ君の勘違いもちゃんとして欲しいところだね。いくら何でも、それは僕等に対して失礼だよ」とカヲルはむっとした口調で言った。さすがにマナの態度には我慢ならなかったのだ。だが、それを聞いたマナはアスカのせいでこうもぎすぎすした人間になってしまったんだとあくまでも思い込み、更に胸を痛めるのだった。
 カヲルがぐっとこぶしを握り締めた瞬間、新たなる展開が起こった。
「マナ、どうしたの?」
 突然現れた新しい登場人物に、一同の視線が集中した。真っ黒に日焼けしたその少年は愛しそうにマナを見つめた。
「ああ、ムサシ!中学時代のクラスメイトたちに会ったのよ」とマナは突然ムサシと呼ばれた少年に腕を絡ませながらにいちゃついて言った。狸に化かされたような気分で、アスカとカヲルはそんなマナの様子を眺めた。マナはそんな二人の視線に気づくと、張り切って叫んだ。
「ああ、わたしの彼氏なの!素敵でしょ?」
 素敵でしょって、とアスカは声にも出せないまま思った。
「・・・それは良かった。お似合いだよ」とカヲルは心から安心した口調で、幾分皮肉を込めながら答えた。最初からこの男と現れてくれれば、誰も不愉快な目に合わなくて済んだかもしれないのに。
「もう毎日ラブラブなのよ、ね?駄目よ、人前でそんないちゃついちゃ。あら、どこかの片思いさんには目に毒ね。じゃあ、またね!」とマナは彼氏といちゃつきながら、二人の前から去って行った。マナが見えなくなるまで見送りながら、アスカとカヲルは周囲から見た自分たちがどれだけ途方に暮れたように見えるかをわきまえていた。それでも、マナが残していった台風からつかの間立ち直ることが出来ずにいた。
「・・・ど、どうなってんのかしら?」とアスカがやっとの思いで言うと
「・・・さあ。でも、勝手にしゃべって勝手に去って行ったんだから、気にしなければ良いだけなんだと思うよ」とカヲルは何とか答えた。
「だ、だって信じられない!同い年で、あんな結婚もしてない男といちゃついて、彼氏だって!よくもまあ、恥ずかしくないのかしら」とアスカは地団駄踏みながら怒鳴った。
「まあまあ、良いじゃないか。何にしたって、彼女は身を固めたのさ」とカヲルはやけに嬉しそうだった。身を固めたといっても結婚したわけではないんだし、いつか別れる可能性はあったが。カヲルとしてはこの展開だけで大いに満足だった。
「それにしても、あんたたち全く会ってなかったのね」
 今更ながらにアスカが言うと、
「何度もそう言ったろ。君は全く信用してなかったみたいだけど」とカヲルは頷いた。
「でも、これで君は僕に対して霧島さんの名前を使えなくなったね」
 すっかり荷が降りたといわんばかりに、嬉しそうに声を弾ませながら言ったカヲルを、アスカは忌々しそうに睨んだ。
「まあ、そう悲観することはないさ。彼女の幸せを思えば、君のからかいの種が一つなくなったことくらい何だって言うんだい」
 完全にマナという存在から解放されたカヲルは、アスカに向かって盛大に笑ってみせた。そんな心からの喜びを甘受するカヲルとは対照的に、アスカは少しつまらなさそうにしながら、口を尖らせて顔を反らした。まだ捨てきれずにいた、マナとカヲルの疑いはこうしてあっさり晴れてしまったのだった。

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