赤毛のアスカさん/105
7月になりました。7月大好き。七夕と誕生日。仙花の日。素敵な月。
ヒカリの家はアヴォンリーの町から歩いて数分の利便の良い場所にあった。中心に大きな屋敷が建ち、周りは広い庭で覆われていた。総敷地の広さはグリーンゲイブルほどではなかったものの、グリーンゲイブルは半分以上が畑で、生活のための土地だった。だが、ヒカリの家には畑などなかった。全てが芸術的な意図を持った、手の込んだ庭から成り立っていた。そういう意味では断然、金持ち趣味のように思わせる風潮があった。
アスカがそんなヒカリの家を見上げて思ったのが、ミスターダーシーのお屋敷みたい、ということだった。まさかヒカリがこんなお金持ちだとは知らなかったのだ。こんな大きな家に住んでいたなんて。思えばアスカとヒカリは、仲良くしていたものの、あくまでも教師と生徒の域を出てはいなかった。で、今回結婚式となって初めて、ヒカリの知らない部分を見る機会に出くわしたというわけだった。アスカはしゃちほこばって、ヒカリの家の大きさに気後れした。こんな家の結婚式に制服で出なくちゃいけないなんて、と改めてまた自分の格好を嘆くのだった。
綾波一家はすでに到着していた。アスカをずっと待っていたレイは、アスカが予定通り制服を着てきたのを見るとがっかりしたような、仕方がなさそうな複雑な思いになった。それでも、アスカはレイが作った髪飾りをつけてきてくれて、とても似合っていたのは唯一嬉しかった。アスカはレイのドレスを見るなり惚れ惚れ言った。
「あんたって、本当に可愛いわ!すごく素敵っ!」とアスカはレイをまじまじと見つめながら絶賛した。
「あなたが一番よ」とレイは宣言した。制服だって、アスカには似合っていたし可愛らしかった。ドレスを着たアスカは一気に大人っぽくなったが、制服を着るアスカは年相応に見える。アスカのドレス姿はむやみやたらに人に見せるものじゃないのかもしれないとレイは考えた。こうなって、良かったのかもしれない。
「ほら、シンジ、女の子をエスコートしてあげなさいよ」とアスカはすぐさまシンジに言った。ぼんやりヒカリの家の大きさに感じ入っていたシンジは、突然名指し指名されてぎょっとなった。それから慌てて、最初から会話に入っていたのだという風を何とか装いながら聞いた。
「え、ぼ、僕が?」
「当然じゃないの、紳士でしょ?」
アスカに問いかけられてよく分からないけど、と思いながら恥ずかしがってレイを見た。それにしても、普段あまり飾り立てることを知らないレイがドレスを着るなんて機会はそうそうなかったので、シンジはなかなか直視出来なかった。いざ思い切ってみてみると、その美しさにつかの間見入った。そうしたシンジの一連の反応に満足したアスカはにこにこ笑った。ミサトがそんな子供たちの様子を遠目で見ながら、改めてアスカに感謝した。制服のことで傷心しているだろうに、それでもシンジのために頑張ってくれているのだ。
シンジに手を差し出されたレイは恥ずかしそうに手をとって、二人はとぼとぼ歩き出した。ああ、何て素敵なのかしら、とアスカは自分の服装も忘れてうっとりした。あの様子ならば、自分が大学に行く前に婚約してくれるかもしれない!すっかり感じ入ったアスカは、自分がカップルにしようと躍起になっている二人の後ろ姿を愛しげに見つめていた。
「それにしてもすごい人ね」とリツコは周りを見回しながら言った。ヒカリの家がこれだけの大きさともなれば、それだけの出席者がいるのも納得だ。それにしても、相手もこんな大富豪なのだろうかと一同は気になるところだった。幼馴染だったんだっけ?
「さあ、僕等も行こう」
カヲルに促されて、アスカもシンジやレイに続いた。カヲルが差し出して来た手をアスカは、微笑みと共に迎えた。一つの文句も言われなかったことに驚いたのはカヲルの方だった。すっかり目を丸くしたカヲルの表情に、アスカはいたずらでも仕掛けたように笑った。
「あたし、レディですもの」とアスカは得意げに言った。結婚式の場の雰囲気にすっかりあてられてしまったようだった。
「ああ、そうだね」
カヲルは納得した。どうやら、カヲルはアスカをレディとして扱う役を許されたらしかった。
結婚式は大勢の参列者の中で行われた。庭の一角に祭壇が置かれ、その祭壇に続くバージンロードを挟むかたちで左右にベンチが並べられていた。そのベンチの数の多さからかなりの人数の参列者がいるのが分かった。祭壇の背後に広がる雄大な芝生の美しさは、花嫁の白いドレスを引き立てるに違いないとアスカは見ていた。こんな大きな家で結婚式を出来るなんて、何たる幸せだろう。アスカは花嫁が近く見えるようにとバージンロードに一番近い位置を陣取った。
「楽しみだわ、誓いのキスが見られるなんて。それに、ヒカリのドレスも!」とアスカはうっとりなりながら浮かれた。
三十分ほどもすると、ベンチも大方埋まりきっていた。アスカはしゃちほこばった体勢でカヲルにぼそぼそ言った。
「す、すごい人じゃないこと?」
「え?あ、ああ、すごいね。それより、口調が妙にこわばってないかい?」
「だ、だって・・・」とアスカはすっかり緊張しきっていた。別にスピーチをするでも、花嫁本人でもない。ただの参列者に過ぎないアスカがこうも緊張しているというのがカヲルには面白くてたまらず、くすくす笑ってしまった。
「惣流さんが緊張したって仕方ないじゃないか」
「まあ、そりゃそうだけど・・・、でも緊張するわ!」
すると、パイプオルガンの音楽が始まった。ああ、とアスカは唇をかみ締めた。結婚式が始まったのだ。カヲルの言う通りだったけれど、それでも緊張せずにはいられなかった。生まれて初めて本物の結婚式を見るのだ――アスカが小説を読みふけって、憧れ続けた本物の結婚式を。
アスカが期待した通り、ヒカリのドレスは最高に素晴らしかった!真っ白い純白なドレスで、ガーデンウェディングに合うようにトレインは短めだったものの、それでも見ごろもの華やかさはアスカが想像した以上に素敵なデザインだったし、すらっと伸びたスカートがヒカリの動きの優雅さをいっそうしなやかに見せた。特に父親に腕をとられて、バージンロードを歩くヒカリの姿は声も出ないほど完璧だった。自分もいつか、あんなふうに歩ける日が来るんだろうかとアスカはまじめに思案した。でも、このままじゃ相手が見つからないかもしれないという一抹の不安があったのを、努めて考えないようにする。
そして、クライマックスはやはり誓いのキスだった。そっと花嫁と花婿の唇が触れ合うのを、アスカは息をつめて見つめた。それから、いつか、ああしたことがどうか自分にも起きますようにと心から願わずにはいられなかった。何て、何て美しいのだろう!思春期の女の子の心は、めっぽう美しいものに弱いように出来ている。きれいな花の完全無欠な赤を見たり、染め上げられたような空の青さを見上げたり、光に照らされた水面の動きを見定めるように、女性の美しさという存在を神聖化するようになっているのだ。まさにそうした敏感な年頃のアスカにとって、ヒカリのその姿もまさしく神聖化される対象になった。こんな美しい光景はいまだかつて見たことがなかった。
式が終わると、ベンチから離れながらアスカは頬を赤らめて、今しがた目撃したかつてない興奮をカヲルにぶつけずにはいられなかった。レイはシンジとぼんやりしているようだったし(それにしてもどうして二人はいつもぼんやりしているんだろうとアスカは訝った)、ミサトやリツコ、加持といった大人組は座り続けて人の話をじっと聞き続けるのに早くも疲れ切っていた。カヲルだけが、アスカの傍でのうのうとしていたのだ。
「見た、あんた見たっ!?」
突然、アスカに大声で尋ねられたカヲルは何が何だかよく分からないまま、反射的に頷いてしまっていた。
「本っ当に素敵だったわ!何なのかしら、何なのかしら!あたし感動したわ、ああやって神聖な力で結ばれるのね。本当に結婚って、偉大だわ。命よ、輝きよ、きらめきよ、世の中を動かし続ける最も大きな力よ」とアスカは意気込んで言った。カヲルは、どうやら相当感化されているらしいと、頬を赤らめて語るアスカの様子を見ながら思った。アスカが人の結婚式を見て感化されないはずがなかった。
「うん、素晴らしかったね。洞木先生、きれいだったし。相手の人も素敵な人だったじゃないか。きっと幸せな夫婦になるんだろうな」とカヲルは言った。アスカはヒカリに見惚れすぎて、肝心要のヒカリの相手を見るのを忘れていたのに気づいてはっとした。まあ、これから始まるパーティーでもう一度ちゃんと見ておけば問題ないだろうと思った。
「羨ましいわね、結婚式で誓いのキスを出来るほど好きな人に出会えるなんて」とアスカはすっかり今しがた見たばかりのものにのめりこんでいた。
「君だって自分の結婚式ではするんだろ?」
カヲルに聞かれると、アスカは少し物憂げな表情になる。
「まあそりゃあね、したいけど。相手がいれば・・・」
「君なら見つかるよ。むしろ、僕にとっちゃ、君が一生一人なんて方がよっぽど想像しにくいな。君に求婚する男なんか掃いて捨てるほどいるだろうに」
「そうじゃないわ。あたしを好きになってくれる人がいるのは当然なのよ。問題はね、いくら愛されても、自分が愛せる人でないとね。お互い愛し合うのが重要でしょ」
アスカが意気込んで言うと、カヲルは賛成した。
「そりゃそうさ。片思いで結婚なんて、単なる不幸以外何でもないだろうね」というわけだ。
「君は理想家だから、相手は大変かもしれないけど。農業で、お金持ちで、たくましくて、かっこよくて、頭が良くて・・・」とカヲルが並べ始めると
「背が高くて、優しくて、気が利いて、あたしの赤毛さえもちゃんと愛してくれる人ね。あとは、アヴォンリーに住んでくれる人!」とアスカは嬉しそうに叫んだ。
「・・・もしかしたらいないかもしれないね」とカヲルは恐る恐る助言した。仮にいたとすれば、こんなアスカだから愛してもらえるかもしれなかったが、アスカが理想として想像する通りの人間が存在するかは大いに疑問だ。「高慢と偏見」という小説の世界の登場人物であるミスターダーシーでさえ、アスカが思い描くほど完璧とは思えなかった。
「あら、絶対どこかにいるわ。あたし、おばあちゃんになってもそういう人を探し続けるの」とアスカは偉そうに宣言した。
「おばあちゃんになっても結婚しないって?」
カヲルが聞くと、
「あんたバカ!?おばあちゃんになっても探すっつってんの、結婚しないなんて誰も言ってないじゃないのよ!」とアスカはかっかしながら怒鳴った。それから、結婚式の席だったんだということを思い出し、慌てて口をつぐむ。誰も聞いてないと良いんだけど。
「君が言う通りの理想通りの人を見つけられたら、僕は一生君の奴隷でも何にでもなるよ。君のとこの畑を毎日耕したりしてさ」とカヲルは絶対ありえないのは分かっているんだというような口調で、冷やかすように言った。
「あら、忘れんじゃないわよ、その言葉!あんたのこと、奴隷にして一生うちでこき使ってやるんだから」とアスカは面白そうだった。
見つからないさ、そう心の中で達観しがてら思っていたカヲルは、余裕しゃくしゃくの微笑で持ってアスカの言葉を受け止めた。それは、見つかりませんように、という祈りにも通じる思いだった。
ヒカリの家はアヴォンリーの町から歩いて数分の利便の良い場所にあった。中心に大きな屋敷が建ち、周りは広い庭で覆われていた。総敷地の広さはグリーンゲイブルほどではなかったものの、グリーンゲイブルは半分以上が畑で、生活のための土地だった。だが、ヒカリの家には畑などなかった。全てが芸術的な意図を持った、手の込んだ庭から成り立っていた。そういう意味では断然、金持ち趣味のように思わせる風潮があった。
アスカがそんなヒカリの家を見上げて思ったのが、ミスターダーシーのお屋敷みたい、ということだった。まさかヒカリがこんなお金持ちだとは知らなかったのだ。こんな大きな家に住んでいたなんて。思えばアスカとヒカリは、仲良くしていたものの、あくまでも教師と生徒の域を出てはいなかった。で、今回結婚式となって初めて、ヒカリの知らない部分を見る機会に出くわしたというわけだった。アスカはしゃちほこばって、ヒカリの家の大きさに気後れした。こんな家の結婚式に制服で出なくちゃいけないなんて、と改めてまた自分の格好を嘆くのだった。
綾波一家はすでに到着していた。アスカをずっと待っていたレイは、アスカが予定通り制服を着てきたのを見るとがっかりしたような、仕方がなさそうな複雑な思いになった。それでも、アスカはレイが作った髪飾りをつけてきてくれて、とても似合っていたのは唯一嬉しかった。アスカはレイのドレスを見るなり惚れ惚れ言った。
「あんたって、本当に可愛いわ!すごく素敵っ!」とアスカはレイをまじまじと見つめながら絶賛した。
「あなたが一番よ」とレイは宣言した。制服だって、アスカには似合っていたし可愛らしかった。ドレスを着たアスカは一気に大人っぽくなったが、制服を着るアスカは年相応に見える。アスカのドレス姿はむやみやたらに人に見せるものじゃないのかもしれないとレイは考えた。こうなって、良かったのかもしれない。
「ほら、シンジ、女の子をエスコートしてあげなさいよ」とアスカはすぐさまシンジに言った。ぼんやりヒカリの家の大きさに感じ入っていたシンジは、突然名指し指名されてぎょっとなった。それから慌てて、最初から会話に入っていたのだという風を何とか装いながら聞いた。
「え、ぼ、僕が?」
「当然じゃないの、紳士でしょ?」
アスカに問いかけられてよく分からないけど、と思いながら恥ずかしがってレイを見た。それにしても、普段あまり飾り立てることを知らないレイがドレスを着るなんて機会はそうそうなかったので、シンジはなかなか直視出来なかった。いざ思い切ってみてみると、その美しさにつかの間見入った。そうしたシンジの一連の反応に満足したアスカはにこにこ笑った。ミサトがそんな子供たちの様子を遠目で見ながら、改めてアスカに感謝した。制服のことで傷心しているだろうに、それでもシンジのために頑張ってくれているのだ。
シンジに手を差し出されたレイは恥ずかしそうに手をとって、二人はとぼとぼ歩き出した。ああ、何て素敵なのかしら、とアスカは自分の服装も忘れてうっとりした。あの様子ならば、自分が大学に行く前に婚約してくれるかもしれない!すっかり感じ入ったアスカは、自分がカップルにしようと躍起になっている二人の後ろ姿を愛しげに見つめていた。
「それにしてもすごい人ね」とリツコは周りを見回しながら言った。ヒカリの家がこれだけの大きさともなれば、それだけの出席者がいるのも納得だ。それにしても、相手もこんな大富豪なのだろうかと一同は気になるところだった。幼馴染だったんだっけ?
「さあ、僕等も行こう」
カヲルに促されて、アスカもシンジやレイに続いた。カヲルが差し出して来た手をアスカは、微笑みと共に迎えた。一つの文句も言われなかったことに驚いたのはカヲルの方だった。すっかり目を丸くしたカヲルの表情に、アスカはいたずらでも仕掛けたように笑った。
「あたし、レディですもの」とアスカは得意げに言った。結婚式の場の雰囲気にすっかりあてられてしまったようだった。
「ああ、そうだね」
カヲルは納得した。どうやら、カヲルはアスカをレディとして扱う役を許されたらしかった。
結婚式は大勢の参列者の中で行われた。庭の一角に祭壇が置かれ、その祭壇に続くバージンロードを挟むかたちで左右にベンチが並べられていた。そのベンチの数の多さからかなりの人数の参列者がいるのが分かった。祭壇の背後に広がる雄大な芝生の美しさは、花嫁の白いドレスを引き立てるに違いないとアスカは見ていた。こんな大きな家で結婚式を出来るなんて、何たる幸せだろう。アスカは花嫁が近く見えるようにとバージンロードに一番近い位置を陣取った。
「楽しみだわ、誓いのキスが見られるなんて。それに、ヒカリのドレスも!」とアスカはうっとりなりながら浮かれた。
三十分ほどもすると、ベンチも大方埋まりきっていた。アスカはしゃちほこばった体勢でカヲルにぼそぼそ言った。
「す、すごい人じゃないこと?」
「え?あ、ああ、すごいね。それより、口調が妙にこわばってないかい?」
「だ、だって・・・」とアスカはすっかり緊張しきっていた。別にスピーチをするでも、花嫁本人でもない。ただの参列者に過ぎないアスカがこうも緊張しているというのがカヲルには面白くてたまらず、くすくす笑ってしまった。
「惣流さんが緊張したって仕方ないじゃないか」
「まあ、そりゃそうだけど・・・、でも緊張するわ!」
すると、パイプオルガンの音楽が始まった。ああ、とアスカは唇をかみ締めた。結婚式が始まったのだ。カヲルの言う通りだったけれど、それでも緊張せずにはいられなかった。生まれて初めて本物の結婚式を見るのだ――アスカが小説を読みふけって、憧れ続けた本物の結婚式を。
アスカが期待した通り、ヒカリのドレスは最高に素晴らしかった!真っ白い純白なドレスで、ガーデンウェディングに合うようにトレインは短めだったものの、それでも見ごろもの華やかさはアスカが想像した以上に素敵なデザインだったし、すらっと伸びたスカートがヒカリの動きの優雅さをいっそうしなやかに見せた。特に父親に腕をとられて、バージンロードを歩くヒカリの姿は声も出ないほど完璧だった。自分もいつか、あんなふうに歩ける日が来るんだろうかとアスカはまじめに思案した。でも、このままじゃ相手が見つからないかもしれないという一抹の不安があったのを、努めて考えないようにする。
そして、クライマックスはやはり誓いのキスだった。そっと花嫁と花婿の唇が触れ合うのを、アスカは息をつめて見つめた。それから、いつか、ああしたことがどうか自分にも起きますようにと心から願わずにはいられなかった。何て、何て美しいのだろう!思春期の女の子の心は、めっぽう美しいものに弱いように出来ている。きれいな花の完全無欠な赤を見たり、染め上げられたような空の青さを見上げたり、光に照らされた水面の動きを見定めるように、女性の美しさという存在を神聖化するようになっているのだ。まさにそうした敏感な年頃のアスカにとって、ヒカリのその姿もまさしく神聖化される対象になった。こんな美しい光景はいまだかつて見たことがなかった。
式が終わると、ベンチから離れながらアスカは頬を赤らめて、今しがた目撃したかつてない興奮をカヲルにぶつけずにはいられなかった。レイはシンジとぼんやりしているようだったし(それにしてもどうして二人はいつもぼんやりしているんだろうとアスカは訝った)、ミサトやリツコ、加持といった大人組は座り続けて人の話をじっと聞き続けるのに早くも疲れ切っていた。カヲルだけが、アスカの傍でのうのうとしていたのだ。
「見た、あんた見たっ!?」
突然、アスカに大声で尋ねられたカヲルは何が何だかよく分からないまま、反射的に頷いてしまっていた。
「本っ当に素敵だったわ!何なのかしら、何なのかしら!あたし感動したわ、ああやって神聖な力で結ばれるのね。本当に結婚って、偉大だわ。命よ、輝きよ、きらめきよ、世の中を動かし続ける最も大きな力よ」とアスカは意気込んで言った。カヲルは、どうやら相当感化されているらしいと、頬を赤らめて語るアスカの様子を見ながら思った。アスカが人の結婚式を見て感化されないはずがなかった。
「うん、素晴らしかったね。洞木先生、きれいだったし。相手の人も素敵な人だったじゃないか。きっと幸せな夫婦になるんだろうな」とカヲルは言った。アスカはヒカリに見惚れすぎて、肝心要のヒカリの相手を見るのを忘れていたのに気づいてはっとした。まあ、これから始まるパーティーでもう一度ちゃんと見ておけば問題ないだろうと思った。
「羨ましいわね、結婚式で誓いのキスを出来るほど好きな人に出会えるなんて」とアスカはすっかり今しがた見たばかりのものにのめりこんでいた。
「君だって自分の結婚式ではするんだろ?」
カヲルに聞かれると、アスカは少し物憂げな表情になる。
「まあそりゃあね、したいけど。相手がいれば・・・」
「君なら見つかるよ。むしろ、僕にとっちゃ、君が一生一人なんて方がよっぽど想像しにくいな。君に求婚する男なんか掃いて捨てるほどいるだろうに」
「そうじゃないわ。あたしを好きになってくれる人がいるのは当然なのよ。問題はね、いくら愛されても、自分が愛せる人でないとね。お互い愛し合うのが重要でしょ」
アスカが意気込んで言うと、カヲルは賛成した。
「そりゃそうさ。片思いで結婚なんて、単なる不幸以外何でもないだろうね」というわけだ。
「君は理想家だから、相手は大変かもしれないけど。農業で、お金持ちで、たくましくて、かっこよくて、頭が良くて・・・」とカヲルが並べ始めると
「背が高くて、優しくて、気が利いて、あたしの赤毛さえもちゃんと愛してくれる人ね。あとは、アヴォンリーに住んでくれる人!」とアスカは嬉しそうに叫んだ。
「・・・もしかしたらいないかもしれないね」とカヲルは恐る恐る助言した。仮にいたとすれば、こんなアスカだから愛してもらえるかもしれなかったが、アスカが理想として想像する通りの人間が存在するかは大いに疑問だ。「高慢と偏見」という小説の世界の登場人物であるミスターダーシーでさえ、アスカが思い描くほど完璧とは思えなかった。
「あら、絶対どこかにいるわ。あたし、おばあちゃんになってもそういう人を探し続けるの」とアスカは偉そうに宣言した。
「おばあちゃんになっても結婚しないって?」
カヲルが聞くと、
「あんたバカ!?おばあちゃんになっても探すっつってんの、結婚しないなんて誰も言ってないじゃないのよ!」とアスカはかっかしながら怒鳴った。それから、結婚式の席だったんだということを思い出し、慌てて口をつぐむ。誰も聞いてないと良いんだけど。
「君が言う通りの理想通りの人を見つけられたら、僕は一生君の奴隷でも何にでもなるよ。君のとこの畑を毎日耕したりしてさ」とカヲルは絶対ありえないのは分かっているんだというような口調で、冷やかすように言った。
「あら、忘れんじゃないわよ、その言葉!あんたのこと、奴隷にして一生うちでこき使ってやるんだから」とアスカは面白そうだった。
見つからないさ、そう心の中で達観しがてら思っていたカヲルは、余裕しゃくしゃくの微笑で持ってアスカの言葉を受け止めた。それは、見つかりませんように、という祈りにも通じる思いだった。

