Astaire Color



赤毛のアスカさん/100

とうとう100話です。まさかって感じで我ながら驚き。
LRSの綾波さんとシンジくんってどういう会話してるんでしょう?思いつかなくて、結局省いてるだけのような気がして来た今日この頃。

「努力のかいあって少しずつ良い雰囲気になって来た気がするのよね」とアスカはいとも嬉しそうに呟くのだった。レイはそんなアスカを不思議そうに見つめる。
 初夏の昼下がり、二人はこの暖かさを利用して川に来ていた。男の子たちが農作業に没頭する中、女の子たちはピクニックというわけだ。川辺に布を敷いて、アスカとレイは寝転がり、色々話し合っていた。それにしたって、全くどうしてカヲルはあんなにも農作業に夢中になっているのかアスカは訝っていた。一体何がカヲルをああも突き動かしているのか?そもそも、医者になるんじゃなかったっけ?にも関わらず、毎週毎週休みのたびに律儀に現れては立ち働いているカヲルの様子はアスカにとってまさしく格好の不思議となっていた。
 木々の下に敷いた布の上に寝転がったアスカとレイは、枝の間から差し込む光の眩しさを諦め、目を閉じていた。そうして川の流れを聞きながら、話をしているのだった。もちろん、ピクニックというからには、ちょっとしたお菓子は忘れていなかった。アスカはそれじゃあ全然足りないと感じていたが、自分の学費のために色々節約したりと工夫してくれている人たちを差し置いて自分ばかりお菓子を食べるわけにも行かない。だから、こうした時は我慢するしかなかったのである。でも、ずっと孤児院にいたアスカからすれば、我慢することにはある程度慣れていた。
 空はどこまでも青く、かたちの良い雲がいくつも浮かんでいた。こうした平和な午後に目をつぶって太陽の心地良い光にさらされながら、川の音を聞いていると全てをこの一瞬にゆだねてみたくなってしまう。こんな、無条件の心地良さに流されてしまいたくなる。
「緑の匂いがするわ」とアスカは無意識に言って、レイはその匂いを吸い込んだ。
「美しいわ」とレイもアスカの気持ちがよく分かっていたので、同調を示す。何て、完璧な午後なんだろう、とレイは思った。青い空に、永遠のような渇いた空気。川の音は穏やかで緑は完璧なまでに美しい。そして、隣りにはアスカがいてくれる。
「あたしね、あんたとシンジがくれたこのネックレス一生の宝物にするわ。これってすっごく大切な記念だものね。もちろん、ネックレスそのものも気に入ってるのよ。だけど、もっともっと嬉しかったのが、あんたたちが二人で協力して買ってくれたってことなの」とアスカはやはり目を閉じてうつぶせになったまま、レイに説明した。そうしたアスカの言葉は、レイにとって絶対的な価値がある。レイは、アスカが自分を愛してくれているのを感じるたびに、申し訳ないような、それでいて絶頂の幸せを手に入れたような、くすぐったい気持ちになった。それは、これまで自分に対してまっすぐな愛情表現をしてくれた人がいなかったせいで、慣れていなかったからだ。アスカに出会うまで、レイは誰かと笑ったり、秘密を共有したり、一緒に何かを探索したり、愚痴を言い合ったり、驚いたりといったことを誰ともしたことがなかった。もし、アスカが自分の人生に現れなかったら一体どうなっていたんだろうと、不安になることもしばしばだった。だからレイはアスカの存在が大切でたまらなかった。
「そんなに気に入ってもらえて嬉しいわ」とレイは、幸せそうに言った。自分とシンジの協力を喜んで、ネックレスに思い出を結びつけて慈しむアスカの方法に、レイは完璧なまでに独自の感性を見出すのだった。あの時、足を止めてシンジに相談して良かったと改めて思う。ショーウィンドウに飾られていたこのばらのネックレスが目に入ったレイはすぐさま足を止めた。きっとアスカが気に入るに違いないという確信に似た思いがあったのだ。レイの様子に気づいたシンジは、一体何を見ているんだろうと覗き込んだ。ネックレスを欲しがっているのだろうかと訝るなり、レイはシンジに言った。アスカに買ってあげようと思うんだけど、と。シンジはアスカに似合いそうだと全面的に賛成し、自分もお金を出すと言い出したのである。かくして、二人はそれを手に入れたのだった。その時の、無条件の喜びをレイは忘れられなかった。
「シンジくんもあなたが大好きなの」とレイが言い、アスカは思わずぱちりと目を開いた。一体何の話をしているんだろうと、驚いたのである。
「彼もわたしみたいにあなたが大好きだから、そこがまた好きなの」
 レイが説明すると、アスカはどういう意味なんだろうとばかりに目をぱちくりさせる。
「・・・何ですって?」と聞き返してみた。
「一緒にあなたを見守っていたいのよ」とレイは答えた。アスカは恥ずかしそうに頬を赤らめて、もう一度目を閉じる。時々レイの達観したような口調に戸惑った。まるで、母親のようだと思うことさえあるくらいに、レイは大人びて見える時がある。こうした考え方もその一環なんだろうか?
「あたしだってあんたたちが大好きよ。あんたたちが結婚したら、そうね、新婚一年目はお邪魔にならないように、なるべく遊びに行かないようにするけど、でもその一年が経ったらたくさん遊びに行くわ」
 アスカはその情景を思い浮かべるだけで、ことのほか幸せになれるのだった。それから突然嬉しくなって起き上がると、その体勢からレイを見下ろして笑った。
「そしたらいつか、あんたたちの子供の家庭教師になるのよ。美人のオールドミスは白い目で見られないもの」
「・・・誰もあなたをオールドミスにしたがらないのが問題ね」
 レイはそう言うと、目を開いた。赤い瞳が覗いて、アスカは一瞬カヲルに見つめられるあの瞬間を思い出すのだった。時々瞳の色が混同すると、間違った場所にいるようなめまいを覚えた。
「でも、あたしに見合う相手は見つからないの。あたし、理想高いから」とアスカは未来を見るような物憂げな口調で言う。理想なんて言葉では足りないかもしれない、とレイは思った。でも、世界は広いのだ。レイは、アスカが独りぼっちでいたりなんかしたら、自分も幸せになれない気がした。
「あなたには、誰よりも幸せになる権利があるの」
 そう言ってレイは手を伸ばすと、アスカをそっと抱きしめた。肩の辺りに顔を置くと、アスカの匂いを感じ取ることが出来た。愛用している石鹸の香りだ。アスカは石鹸の類が大好きで、商店に遊びに行くたびに良い香りのものを探していた。それを知っている店主はアスカのために、わざわざ新作の石鹸をこまめに入荷して、試させてあげるのだった。
「あら、あたしは今だって十分幸せなのよ」とアスカは小さな笑い声を上げて宣言した。その幸せという単語に、どれだけの重みがあるか、ちゃんと知っているつもりで。そんなアスカの声に入り込む独特の朗らかさに、レイは改めてアスカがここにいてくれて良かったと実感した。
「あたしね、何とか大学に行くためにここを離れる前に、あんたとシンジを婚約までこぎつけさせたいの。そしたら、夏休みになって帰って来た時にあんたたちが幸せそうに手を繋いだり、笑いあったりするのが見れるじゃない?そういうのってさぞかし素敵なんでしょうね。ああ、でも、そんな二人を邪魔するためにわざわざ帰って来るのも意地悪ね」
「想像も出来ないわ。でも、あなたには帰ってきてもらわないと」
 レイはアスカが思い描く未来があまりにも遠いような気がして、つかの間頭がくらくらした。それでも、夏休みにアスカがいないなんてことは考えたくもなかったし、実際アスカがレイに語った未来はそう遠いものでもない。アスカが大学に行くべく、アヴォンリーを離れるのはもう目前なのだ。無事今年で卒業出来れば、アスカはそのまま大学に行ってしまうんだから。アスカがいない生活について考えると、目前が真っ暗になってレイはますますアスカを離したくなくなるのだった。だから、軽くアスカにまわしていた腕に、思わず力を込めてしまう。シンジとの未来は想像出来なくても、アスカがいなくなることは簡単に想像出来る。レイはまだシンジとの時間をそれだけ育んでいなかった。レイの思い出はほとんどがアスカと共にあった。
「ど、どうしたの、あんた?」
 突然自分にきつく抱きついて来たレイにびっくりしたアスカは少しばかり動揺して聞いた。一体どうしちゃったんだろう?何か、レイの不安を招くことでも言ったんだろうかとアスカまで不安になった。
 不安というのは、どこにでも付きまとってくる感情だ。人は不安を抱えながら生きるからこそ、慎重になる。
「あなたは遠いところに行くのね」
 そう呟いたレイの言葉が確認の意を込めてなのか、それともアスカに問いかけているのか判別出来なかった。だからアスカは黙っていた。
「わたしたち、みんな大人になるんだわ」とレイは再度呟いた。その言葉の重みを理解するように、アスカは頷いた。大人になって、みんなそれぞれの道を見つける。アスカもレイもシンジも、それからカヲルも。いつしかこうやって人はばらばらになっていくのかもしれないという一縷の不安を、アスカは決して口に出したりはしなかった。それが、現実になるのが怖かった。だから、努めて明るく言う。
「そう憂慮することじゃないわ!大学に行ったらたくさん手紙書くし、あんたは新婚生活だもの。いっそあたしがいない方が良いのよ。あたしがいたら、いつまで経ってもお互い離れられなくて、シンジがやきもち妬くでしょ?だから、あながち悪いことばかりじゃないわ。ほら、お菓子食べない?せっかく持ってきたんだしさ」
 レイはアスカから離れがたく思っていたが、それでも相手の気持ちを察するとその手を離した。自由になったアスカは、ほんの一瞬寂しそうにレイを見た。で、あさった袋の中からお菓子を取り出す。袋を開けると、レイに勧めた。一方のアスカは再び寝転がる。レイは勧められるがままに一つ頬張ると、アスカの口元にも一つ持って行ってやった。アスカはレイがそうしてくれるのを分かっていたかのように微笑むとぱくりとやった。レイもまた寝転がった。初夏の風が本当に素晴らしい。もう梅雨が目前に迫っていたので、しばらくこういうことも出来なくなってしまうだろう。
 何も変わらないのかもしれない、と二人は目をつぶりながら考えていた。今こうして不安に包まれるほど何も変わりはしないのかもしれないと信じたかった。アヴォンリーはアヴォンリーのままで、全てが今と同じようにあってくれたら、と。
「眠くなって来た」とアスカが呟くと、
「でも、そろそろ帰らないと」とレイが思い出させてやった。戻って、夕食の支度を始めなくてはならない。一日はただ遊んでいるばかりではないのだ。
「ああ、そうね。夕食作らなくちゃいけないんだったわ」
 何だか現実に帰るのが億劫になって来る、アスカがそんなことを思った瞬間。
「何やってんのさ?」
 そう尋ねられて目を開けた。シンジが不思議そうな顔をして立っていた。まあ、とびっくりしてアスカは起き上がった――まるで長い目覚めからさめでもしたかのように。シンジとカヲルが、途方に暮れたように二人を眺めていた。
「あんたたちこそ何やってんのよっ!?・・・加持さんは?」
「父さんは家にいるよ。今日の分は終わったから遊びに行っておいてって言われたんだ。それにしても、ここがよっぽど好きなんだね」とシンジは半ば感心したように言った。アスカとレイがよくここに来ているのを知っていたのだ。
「あっそう。でもあたしたち、もう戻ろうとしてたのよ。夕食の準備あるもの。あんたたち使う?」
 アスカは敷いてあった布を指差して聞いた。
「良いよ、今日は僕が夕食作るから、ゆっくりしてなよ」
「あんたバカ!?夕食作るのはあたしの仕事よ、あんたこそ遊んでらっしゃい!ほら、そこに遊び相手がいるじゃないの」
 突然指差されたカヲルは驚いたように目を丸くした。どうやら自分のことを言っているらしいと。
「あいにく僕たちは君たちみたいに、ここに寝転がるのを楽しむように出来てなくってね」とカヲルは苦笑した。その通りだとシンジは言った。そこで、ああ、とアスカは横目でレイを見た。せっかくだし、一緒に帰った方が色々面白いこともあるだろうと思ったのである。
「まあ、そうね。あんたたち先帰ってて。あたしここ片付けるから」とアスカはレイとシンジに言って、
「あんたは片付け手伝いなさいよ!」とカヲルに命じた。
「僕も手伝うよ。片付けったってこれたたむくらいでしょ?」とシンジはアスカに聞いた。
「・・・もうたたみ終わったわよ。ほら、帰るわよ」
 変なところで気を使うんだからと、アスカはかっかしながら布を半ば丸めるようにしまいこむ。そしてシンジとレイが歩き出した後ろからそろそろ続いた。今度はなるべくゆっくり歩くことで少しずつ距離をおこうという作戦だった。そんなアスカの様子にすぐさま気づいたカヲルは笑ってしまった。
「本当に熱心だね」
「あったりまえじゃないの。絶対あたしが大学行く前に、シンジにプロポーズさせてやるんだから」
「ずいぶん早急だね。あと一年もないってことだろ?そんなうまく行くものかなあ」
「うまく行かせるんでしょうが!」
「なるほどね、君はすごいやり手だよ」
 どういう意味なんだかと思いながら、アスカは二人を見守っていた。森の中の道はところどころ歩きづらい部分もあったので、そうした場面に遭遇するたびアスカはいらいらして、一言呈さずにはいられなかった。森の道自体にではなく、シンジに対してだ。
「全くあいつはどうしてあんなに気が利かないのかしら。ああいうとこを通る時は普通、手を差し出したりなんかして、女の子が歩きやすくするのが紳士の役目でしょうに!」
 自分が一から教育しなおさなくてはならないという義務感に駆られたアスカは、大声でシンジ、と呼んだ。ぎょっとしたシンジは一体何だろうと恐る恐るやって来る。アスカは仁王立ちになって、冴えない少年に言ってやった――レイには聞こえないよう気遣いながら。
「あんたね、女の子と歩く時のマナーくらいきちっとしなさいよ、情けないわね!森の道は歩きにくいもんなのよ。木の根っことかがその辺蔓延ってて、転ぶかもしれないじゃない。レイの様子を伺って、歩きにくそうにしてたら、そっと手を差し伸べてあげなくちゃ。それが本物の紳士よ」
 アスカがそう説明すると、シンジは初めて聞いたといわんばかりに目をぱちくりさせ、それからすっかり感激した。
「へえ、知らなかった!良いこと教えてくれてありがとう。早速やってみるよ。綾波に悪いことしたなあ、でも僕知らなかったから」
「分かれば良いのよ、レイをちゃんとレディとして扱ってあげなさいよ」
 シンジは嬉しそうに戻っていくと、また歩き出し、レイに手を差し出した。レイは驚いたようだったが、恥ずかしそうにシンジの手のひらの上に手を乗せた。その光景の一部始終を見ていたアスカはうっとりとため息をつく。
「素敵ねえ、もうあの二人の結婚は決まったも同然よ」
「そうだね、ああして手を差し出して、素直にとられてくれるのは良いものさ」とカヲルはアスカを見やったが、視線を合わせることは出来なかった。アスカは吸い込まれるように歩き出す。すると、カヲルが狙ったかのように横からそっと手を差し出してきたので、アスカはぎょっとなった。
「あんたはしなくて良いのよ!」
「君はレディだろ?レディは紳士に差し出された手を素直にとるものじゃないかい?」
 カヲルにそうした言い方をされたアスカは仕方なく手をとった。するとカヲルは嬉しそうに微笑んだ――まるでアスカが手をとったことがスイッチか何かとでもいうかのようなタイミングで。
「見るのは良いけど、されるのは恥ずかしいから嫌だわ」とアスカはぼやいた。
「レディならそこで、微笑んでお礼を言うんだと思うよ」とカヲルが諭してやると、
「わ、分かってるわよ。・・・ご丁寧にありがとう」とアスカはふてくされた気持ちを外に出さないように、精一杯微笑みながら言ってやった。
「どういたしまして」
 カヲルは紳士の表情で答える。何が紳士だとアスカは内心呆れて思った。カヲルはただ、こうしたやり取りを楽しんでいるようにしか見えなかったのだ。

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